STRUCT REPORT
V字回復の採用戦略

P&Gで採用を、GEでグローバル人事を経験。戦略人事に必要なスキルとは。 ~メルカリCHRO /木下氏(前編)~

増渕知行

経営の危機に人事が価値提供できることとは何か。
ジャンプ株式会社の代表・増渕が、プロ人事の方に、当時の状況や心情、取り組んだ施策などをお伺いするインタビュー企画「V字回復の採用戦略」。
第十四回目となる今回は、メルカリの木下達夫さんにお話を伺いました。本記事はその前編となります。(→後編はこちら

慶應義塾大学卒業後、P&Gジャパンで採用・HRBPを経験後、2001年日本GEに入社。GEジャパン人事部長、アジア太平洋地域の組織人材開発、事業部人事責任者を経て、2018年12月にメルカリに入社、執行役員CHROに就任。

ゲスト:木下達夫
株式会社メルカリ 執行役員CHRO

2008年、ジャンプ株式会社を設立。「働きたくなる会社を日本中に」をミッションに、採用力強化に特化した事業を展開。20年以上の採用コンサル経験をもとに、事業を伸ばす採用戦略フレームワーク「STRUCT」を開発。採用戦略オープン講座「STRUCT ACADEMY」を立ち上げ、主宰として指導にあたる。

インタビュアー:増渕知行
ジャンプ株式会社 代表取締役

新卒採用に必要なのはマーケティング思考。

増渕:
本日はよろしくおねがいします。木下さんは1996年に大学を卒業してP&Gに入社され、その後、GEでグローバル人事をご経験されました。現在は、メルカリのCHROとしてご活躍中です。グローバル人事として大切にされているマインドや、メルカリで実践されている人事戦略についてお話をお伺いできたらと思います。

木下
はい、大丈夫ですよ。よろしくおねがいします。

増渕:
ありがとうございます。まずは、P&Gに就職されてから、どのようにご自身のキャリアを築いてこられたのか、というところから教えていただけますでしょうか。

木下
はい、そうですね。私は大学時代、マーケティングのゼミに入って勉強していたんですよ。で、マーケティングといえば。

増渕:
あぁ、そうですよね!

木下
P&Gの選考を受けたら「職種別採用」でした。マーケティングを希望する中で「HRもあるよ」と教えてもらい、「え!?何それ?」みたいな(笑)。詳しく話を聞くと、当時のHRヘッドがマーケティングのバックグラウンドを持つ人でした。

「P&Gはマーケティングカンパニーって言われているけれど、マーケティングの考え方をHRの領域に応用している」と聞いて、「それ、いい考え方だな」と思ったんです。HRキャリアに志望を出したら入社できて、今のキャリアにもつながっている、というわけです。

増渕:
ありがとうございます。HR部門に入社してどのようなお仕事からスタートされたんですか?

木下
最初は、「新卒採用」の仕事からです。これってまさにマーケティング。当時はまだP&Gは学生の間での知名度は低かったんですよ。人気企業ランキングでも大体50~100位のあたり。そこからトップ10に入るほど飛躍的に上がったので、大きな手応えを感じることが出来ました。

増渕:
何年くらいかけて、具体的にどんな取り組みをされたんですか?

木下
4年かかりました。具体的には、「インターンシップ」に注力しました。もともとは春休みと夏休みに2週間~1ヶ月かけて実施していました。

お互いのフィット感を確認できることから会社の方針としてもインターンからの採用比率を引き上げたい狙いがあり「新卒採用全体におけるインターン参加者の比率を10%程度から50%に上げる」と目標を掲げ、「2日間の体験型インターン」を始めたんです。今では体験型インターンは日本全国で行われていますよね。

増渕:
ええ、一般化していますね。まさかあれを?

木下
はい、体験型インターンシップはP&Gが日本で1番最初に始めた認識です(笑)。まだ知名度が低い会社は何か目新しいことをしないと注目してもらえないですよね。



背景としては「機械系・電気系のエンジニア」を採用するニーズがあったのですが理系学生は研究が忙しく、春休みも夏休みも研究室通いで自分の時間がほとんどない状況の方が多かった。でも、「2日間の企業実習があって社会勉強になるので行かせてください」と言えば、担当教授も理解して認めて頂けるという背景がありました。

増渕:
なるほど。どんな内容のプログラムを?

木下
P&Gがグローバルで使っていた「エンジニア向けのプロジェクトマネージャーの研修プログラム」を学生向けにカスタマイズしました。ワークショップ形式でグローバル規模で生産設備立ち上げのプロマネを体験する機会を通じて、二日間で参加者の見方が大きく変わって、P&Gでエンジニアとして活躍するイメージを持って頂くことができて、そこから採用に繋げることができました。

機械系・電気系という採用難易度が高い領域で、前例のない挑戦が出来たことが大きな自信につながりました。

増渕:
いやぁ、すごい。日本では2016卒の採用から一気にインターンシップが普及したのですが、それよりも18年前(1998年)の話ですもんね。

木下
かなり先進的な取り組みだったと思います。理系職種のあとは、マーケティングやファイナンス職種の採用にも展開しました。「世界に通用するマーケティングやファイナンスといったスキルを無料で学べるP&Gビジネススクール」というプログラムを導入しました。

これからのキャリアは個人の市場価値が重要となる、市場価値を上げるためには世界に通用するビジネススキルを身につける必要がある。P&Gはマーケティングやファイナンスのプロフェッショナル人材を育てる力があり、学生向けにそれを体験できるプログラムを提供するというもので、想定以上の反響を頂き、結果的に採用力を大幅に向上することができました。

インターネットが使われ始めた時期だったので、学生への告知も他社に先駆けていち早くEメールを使い、またWeb上での選考管理も導入しました。

増渕:
実は僕、木下さんと同世代です。1996年当時は「Eメールで質問受付けます」というだけでエンジニアが採用できましたよね。

木下
3日に1回ほどのペースで発行するP&G新卒採用メルマガも始めましたが、採用広報目的でメールを活用している企業は日本では他にはなかったです。 

就職活動する学生向けに「成功するキャリアを実現するために知っておくべきこと」というテーマで、私がセミナーで熱く語っていた内容をメールに書いていましたが、毎回想定以上の返信があり口コミが拡散するのに効果的でした。

増渕:
新卒採用にはマーケティング思考が重要なんだ、ということがよくわかりますね。

人事以外を経験し、人事を客観視する

増渕:
P&Gには、2001年までいらっしゃったそうですね。そのあとはGEへ。転職のきっかけは何でしたか?

木下
採用を担当したあと、HRBP(ビジネスパートナー)の兼務をしていました。当時100名ほど在籍していたP&G社内IT部門を担当したのですが、人事全般で自分が知らないことがあまりにも多いことに気づき危機感を持っていたところ、たまたまGEの「HRリーダーシッププログラム」を知りました。8ヶ月ごとにローテーションでいろんな仕事を経験しながら将来のHR部門のリーダーを育てると。「様々な経験を通じて自分の可能性の幅を拡げたい!」と考えGEに転職しました。

2年間で8ヶ月ごとに3箇所をまわりました。最初は日本で営業育成。2箇所目が、北米で内部監査。3箇所目が、タイで工場の人事責任者を担当しました。

増渕:
8ヶ月でゴールというと、「ここまでの成果をだそう」というものが与えられていたのですか?

木下
イメージは人事コンサルに近いと思います。8ヶ月で、「評価制度を整える」とか「育成プログラムをつくる」とか。特定のテーマに対して期間限定でアサインされるコンサルタントと似ているところがあったなと思います。

増渕:
このときについたスタンスやスキルって何だと思いますか?

木下
最近ジョブ型雇用が話題になっていますが、ジョブ型を機能させるために最も重要なことは「スコーピング」だと思っています。どんな新しいジョブに就いても、経営かたの期待値や現場で求められていることを理解した上で、「自分が期間内にできることはこれ」というジョブをスコーピングする。


8ヶ月間しかないので、「最も経営課題に近いところ」、「自分の強みと関連して大きなインパクトを出せそうなところ」を探していきましたね。アサインメント期間が終わるときには、担当組織長や一緒に関わった同僚から「この人が来てくれて本当によかった」「本当に良い結果をもたらしてくれた」と言わせたい。そういうマインドで鍛えられたのはよかったと思いますね。

増渕:
なるほどなるほど。「HRリーダーシッププログラム」を終えたあとは、HRではないご経験もされていますよね。

木下
私はHR以外の経験もしたかったんです。例えばGEのプラスチックス・ジャパン ブラックベルトというところで、「営業部門の変革推進」を経験したのですが。やっぱり、お客さんに近いところってフロント(営業)じゃないですか。これから事業を伸ばしていくために、「顧客の視点」とか、「営業が現場で抱えている課題」を理解するためにも、身を置くことができてよかったですね。

何より、人事を客観視できる(笑)。「人事には、もっとこういうことをやってほしいのにさ」という声が聞ける。相談してもらえるようになったことがよかったですね。

組織のWinと個人のWin、両方を最大化する。

増渕:
もう一つ、興味深いお話が。GEでは工場の立て直しをご経験されたと聞きました。

木下
はい。栃木工場で人事責任者をしました。もともとその工場はアジア最大の工場でアジア各国に輸出していました。でも、中国や東南アジアに生産が移管されて、工場の生産量は半分以下に縮小し社員のエンゲージメントが大幅に下がってしまいました。そこに自分から行きたいと手を挙げたんです!

増渕:
実際にどんな取り組みで、工場組織を活性化活させていったのですか?

木下
いかに工場の皆さんに将来のビジョンに共感してもらって、前向きになってもらうかが重要だと考えました。工場のビジョン作りから現場の有志を巻き込んで、「世界の顧客から信頼される品質を実現できる工場」として自信を取り戻して、「大量生産」から「少ロットだが付加価値の高い製品を作る」工場へのトランスフォーメーションを推進しました。



社内コミュニケーションを大幅に改善したことで風通しがよくなり、また若手社員の抜擢や若手が報われやすい報酬制度への変更、社内異動の活性化、タイ工場との技術交流ワークショップ、社員食堂のアップグレードなど、2年間でできることをやりきった結果、新製品の生産も始まり、工場のパフォーマンスも向上し、サーベイでの社員モチベーションの数値も大幅に改善され、そこで働く人達の表情がどんどん明るくなっていくのが実感できました。

増渕:
木下さんは、現場の声に耳を傾け、課題解決につなげていくことと、経営ビジョンを現場に落とし込んでいくことを、同時に実行されていますよね。バランスが難しいと思うのですがどう工夫されていますか?

木下
メルカリの人事部門のミッションに掲げているのですが、「組織のWinと個人のWinの両立、Win-Winの最大化」を目指しています。組織のWinは、「事業成長」や「売上の向上」のこと。同時に、働いているメンバーがやりがいや面白さを感じているかが、個人のWin。

低いレベルではなく高いレベルで、この2つを両立させたい。それを追求するのが人事の面白さ、やりがいじゃないでしょうか。個人の気持ちに寄り添いながら、経営にもいかに寄り添うか、ブリッジングとしての有効な手立てを探していく。めざせ、「Win-Win-MAX」です!

増渕:
ありがとうございます。後編では、グローバル人事としてのご経験と、なぜメルカリへの転職を決意されたのか、からお話を伺います。

<木下さんのインタビュー記事 後編はこちら

増渕知行
代表取締役 クライアントパートナー

理想を追求し続けたら、起業に行きつきました。ジャンプは自分の人生そのものです。ジャンプはクライアントにとって、頼れる同志であり続けたい。社員にとって、燃える場所であり続けたい。約束は守る男です。週末は野球がライフワーク。


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