STRUCT REPORT
V字回復の採用戦略

人事担当者が、KPIに縛られない施策を立案し、承認を得るために必要なこととは? ~ニトリ/永島氏(後編)~

増渕知行

経営の危機に人事が価値提供できることとは何か。
ジャンプ株式会社の代表・増渕が、プロ人事の方に、当時の状況や心情、取り組んだ施策などをお伺いするインタビュー企画「V字回復の採用戦略」。
第四回目となる今回は、株式会社ニトリホールディングスの永島寛之さんにお話を伺いました。
本記事はその後編となります。(→前編はこちら

東レ株式会社、ソニー株式会社、Sony USA Inc.を経て、2013年株式会社ニトリホールディングスに入社。人事責任者として、従業員のリアルを伝えるオウンドメディア「ニトリン」立ち上げなど改革に取り組む。厚生労働省「多様な働き方」普及・促進事業運営委員、厚生労働省「勤務間インターバル制度」普及促進委員なども務める。

ゲスト:永島寛之
株式会社ニトリホールディングス 

2008年、ジャンプ株式会社を設立。「働きたくなる会社を日本中に」をミッションに、採用力強化に特化した事業を展開。20年以上の採用コンサル経験をもとに、事業を伸ばす採用戦略フレームワーク「STRUCT」を開発。採用戦略オープン講座「STRUCT ACADEMY」を立ち上げ、主宰として指導にあたる。

インタビュアー:増渕知行
ジャンプ株式会社 代表取締役

増渕:
前編から引き続きよろしくお願いします。

ニトリは「製造物流IT小売業」という垂直統合のビジネスモデルかつ、自前主義での組織運営によりコアコンピタンスを築いてきたというお話をいただきました。そして、バリューチェーン強化のために多様な人材を確保しようとしたときに、ニトリの店舗イメージから流通業志望のエントリー者に偏ってしまう課題があるとお聞きしました。

永島:
はい、そこで他の領域に関心がある人にも興味をもっていただけるように、採用ブランディングに着手しました。

これは持論ですが、採用ブランディングって、もともとの企業イメージと採用したい人のイメージにギャップがない会社には必要ない取り組みだと思っています。王道のアプローチで正しく活動すれば、それだけで正しく採用成功できてしまいますから。

ただ、新しい事業領域にチャレンジしようとしている企業などは、いまは組織に存在していない、未来の在りたい姿を工夫して伝えていかないと、求める資質をもった人は入社してくださいませんよね。

増渕:
未来に共感マッチングさせる考え方ですね。ベンチャーの採用手法に近い感じがします。

永島:
確かにそうですね。似ているところはあると思います。

増渕:
ベンチャーの場合は、現在、確たるものがないからこそ未来にコミットするのですが、同じ戦略を大手のニトリが実行するのは新鮮です。具体的には、どの辺りのターゲットを想定していますか?

永島:
まずは製造業ですね。お客様のお困りごとや不便に感じていることに着目して、それをプロダクトで解決したいという志向の方が必要です。

あともう一つはITや金融など、世の中の仕組みに興味のある方です。私たちのビジネスはもちろん店舗が一番大事ですが、俯瞰して捉えると、お店も大きな仕組みのなかの一部なんですね。店舗は、お客様と接点を持つことができる、タッチポイントの一つであると。そういう意味で、ITや金融に興味がある方も適性があると考えています。

人事の取り組みを、社内に届けるためには工夫が必要。

増渕:
新卒の採用ターゲットを変えることは、人事評価にも少なからず影響を与えると思います。経営と現場の板ばさみになることはありませんでしたか?

永島:
板ばさみになっている感覚はないですね。そこは自分たちが実現したい世界観をきちんと伝えて、理解してもらうことで解決する問題だと思っています。

これはマーケティング畑でキャリアを重ねてきた私の性かもしれませんが、何か施策を講じるときに、人事のやることにはそこまで関心がもたれていない、という前提で考えるようにしています。

昇給・昇格など、待遇に直結するところは、みなさん気にされると思いますが、何らかの制度や取り組みについて人事側で情報発信しても、人事側が期待するほどは前のめりに聞いていただけないのが現実です。それが分かっているからこそ、情報を発信するときには必ず、「社員の方々が、興味を持てる見せ方ができているか」という目線でチェックしています。

人事の役割は、経営戦略と個人のモチベーションをつなぐこと。

増渕:
従業員の方とのコミュニケーションは良好だとして、逆に、経営陣の意見と相反することは出てきたりしませんか?

永島:
意見の相違はないですね。大まかな方針は経営レベルでフィックスしているものなので、特に違和感を感じたことはありません。

ただ、細かな実施要件については意見が異なる場合がありますね。eラーニングを導入するときに、経営陣からは「優秀者だけに受講させたい」と言われていましたが「これは全員に受講させるべきです」と主張するなど、要件のすり合わせは頻繁に発生しています。

経営陣は、こうありたい、こちらに行きたい、という戦略を持っています。私たち人事の仕事は、その戦略と従業員個人の価値観や将来やりたいことを、どうすれば上手くつなげられるかを考えることです。

具体的には、研修の実施による教育機会の提供、社内の人と人を引き合わせてシナジーの芽を育てること、配置転換による学びの機会の提供など。経営陣が発信するビジョンを、自分たちなりに消化したうえで人事戦略を描き、施策に落とし込むことを意識しています。

増渕:
経営陣に提案・提言をして合意形成する際に、いまお話いただいたeラーニングの件のように、なかには合意を得る難易度の高いテーマもあるのではないでしょうか。eラーニングを一部の人が受講するのと全員が受講するのでは、費用はまったく異なりますよね。

永島:
そうですね。優秀者のみ選抜で実施というのは、コスト面も考慮してのことだったと思います。しかし、ニトリが大切にしている「多数精鋭」という基本原則に習って判断するなら、全員に機会を提供して、組織全体の底上げをするべきだと考え、提言したという背景があります。

施策を通すことをゴールにしない。無理なKPIは立てない。

永島:
社内で合意形成する際に、私が個人的に大切にしているのは、承認を得ることを目的とした無理なKPIを立てないことです。

施策を通すときに、これをすれば「人件費がいくら下がる」「利益がいくら出る」などと試算した結果を根拠として提案を通すケースは多いと思います。試算だから、実際はなかなか計算通りにいきませんが、具体的なKPIがあったほうが承認を得やすいですよね。

しかし、承認を得るために無理なKPIを立てると、せっかく施策が承認されても、今度はKPIのプレッシャーに押されて、本質から外れたアクションをせざるを得ない状況に追い込まれていくことが往々にしてあります。

だから人事には、ときに潔く定性的なKPIで押し切る覚悟も必要だと考えています。

増渕:
これは相当面白い考え方ですね。しかし、定性のKPIしか示さないで提案を通すことって可能なんですか?

永島:
可能です。ただし、定性指標だけで施策を通すためには、ビジョナリーな視点が必要です。短期のスコープで承認を得ようとすると定量のデータが求められがちですが、中長期になるほど目標の抽象度が増すので、定性のKPIが受け入れられる余地が生まれるんです。いまやりたい施策と遠い未来をどう接続するか。経営陣の目指す方向を理解したうえで、人事戦略を描きます。

たとえば、ニトリは2032年に3000店舗、売上3兆円という大きな目標を掲げています。現在とギャップのある未来の指標に対して、達成するための組織や人材の質はどうあるべきかという観点でアプローチするのも手です。

あるいは、自社よりも遥か先を行っている競合企業をベンチマークするなどして「〇年後にこれだけの売上を目指すのであれば、いまこの施策が必要です」「競合は、こんな先進的な制度を導入してこんな成果をあげています」と、目標の置きどころを工夫して、決済者の目線を引き上げるのも一つの方法だと思います。

念のため補足しておくと、合意形成は定性でしたとしても、プロジェクト内では必ず自主的に定量のKPIを設定しています。定量データは、観察・分析・判断のベースになる数値で、施策を成功させるために欠かせないものです。

1対多数から1対1の人事施策へ。マインドチェンジが必要。

増渕:
最後に一つお伺いしたいのですが、長年マーケティングのキャリアを歩んでこられた永島さんの目には、いまの人事の世界はどんなふうに映っているんでしょうか。

永島:
マーケティングの世界ではOne to AllからOne to Oneの考え方に移行しており、個人のサービス体験を向上させるための取り組みが進んでいます。双方向のコミュニケーションもますます重視されるようになってきました。

一方、採用や人事の世界では、いまだに一方通行にティーチングする集合研修があったり、マス型のコミュニケーションで採用広報していたり…、人事という言葉の響きから想像するよりも、個人に向き合いきれていない印象を受けます。

近年はHR領域でも対応するサービスは増えてきているはずですが、昔ながらの手法を変えるのが難しいのだと思います。交流会などでお話すると、みなさん、経営陣や上司などに、相当気を遣いながらお仕事されていて…。多方面の顔色を伺わなくてはいけない結果、大胆なチャレンジが阻害されてしまっている部分はあるのではないかと思います。

増渕:
そういう意味では、永島さんが前編でおっしゃっていた、より個人にフォーカスした人事施策にトライしたいというお話はチャレンジングですよね。

永島:
そうですね。ニトリはまだ社員の半数以上が20代の若い組織で、これまでは比較的、新しい刺激が好意的に受けとめられやすい環境だったとも感じています。

これから平均年齢が30代、40代にスライドしていくなかで、個人の成長曲線をどういうカーブでデザインしていくのか。やりがいのあるチャレンジになると思います。

増渕:
同様の課題を抱える企業は多いはずなので、ニトリが人材育成のロールモデルを作ることがえきたら、参考にしたいという企業は多そうです。今後もぜひ進捗など、伺える機会をいただけたらと思います。

永島:
もちろんです。今後ともよろしくお願いします。

増渕:
よろしくお願いします。本日はどうもありがとうございました。

永島さんのインタビュー記事 前編はこちら

増渕知行
代表取締役 クライアントパートナー

理想を追求し続けたら、起業に行きつきました。ジャンプは自分の人生そのものです。ジャンプはクライアントにとって、頼れる同志であり続けたい。社員にとって、燃える場所であり続けたい。約束は守る男です。週末は野球がライフワーク。


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