ビジョン、カルチャーへの共感が、ぶれない組織を作る ~LIFULL/羽田氏(後編)〜


あんまり聞かれないかぎりしゃべらないほうだと思うんですが、
たまには自分のことを書いてみようかと思います。
私は栃木県の大田原市というところで産まれまして、高校まで地元にいました。
親父はサラリーマンでしたが教員免許はもっていて、お袋はずっと小学校の先生。
祖父も先生で、市の教育委員長なんかもやった、教職家系のようなものでした。
ちなみに下の弟は現在地元で中学校の先生、一番下の弟は市役所勤務の公務員です。
長男だけビジネスの世界で、東京で好き勝手にやらせてもらっています。
ありがたい限りです。
小さいころは、普通に明るく元気でいい子だったと思うのですが(笑)、
まわりからは「知行くんも、大きくなったら先生になるんだろうね」なんて言われ続け、
「絶対そのとおりになってやるもんか」なーんて幼心に考えていました。
というより、高校のころは料理人になりたくて、
辻調理師専門学校に行こうと思ってました。
勉強は中学まではできるほうだったと思うんですが、
高校からは全然勉強しないツケがきて、偏差値でいうと45くらいでした。
でも高校3年の夏に、
「やっぱり大学にいっていろんな世界をみて、それから将来を決めよう」
と思うことがあり、めちゃくちゃ勉強して大学に入りました。
「ここを狙う」という大学・学部学科を決めて、それに向けた勉強をして、
一校だけ受けました。
無事合格したとき、それまでの人生にない「達成感」がありました。
そのとき、ふと感じた心境があったんです。
「この達成感を、この場かぎりにしたくない」
「なんとなく大学に行くだけの生活はしたくない」
そのとき見つけたのが、「新聞奨学生」の募集広告です。
「これだ!」と思い、親父に保証人になってもらい、即応募しました。
新聞奨学生の生活は、きびしかったけど楽しかった。
その4年間で、ほんとうにいろんなことを学びました。
私の今の人格を形成している要素はたくさんあるんだろうけれど、
この「大学受験」と「新聞奨学生」という体験は、大きな要素になっている気がします。
目標を決める。
決めた目標のために、「やるべきこと」を定義する。
決めたらば、「やるべきこと」に集中する。
自己分析では自分の強みは
「やりたいことよりもやるべきことを、無理なく優先できること」
だと思っているのですが、こんな原体験が活きているのだと思います。
そういえば5周年のパーティーには親父も呼んで、来てもらったのですが、
とってもうれしそうでした。
以上です。
理想を追求し続けたら、起業に行きつきました。ジャンプは自分の人生そのものです。ジャンプはクライアントにとって、頼れる同志であり続けたい。社員にとって、燃える場所であり続けたい。約束は守る男です。週末は野球がライフワーク。
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