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月刊 語る増渕

生きている、ということを考える。
どう生きるべきか、を考える。

2011年3月11日、日本史に残る震災が起きてしまいました。

直接被害を受け、命を落とされた方々に対して、ご冥福をお祈り申し上げます。
また、被災された皆さま、そのご家族の方々に、心よりお見舞い申し上げます。

あの日何をもっとも感じたか。
それは、「俺はまだ生きている」という実感です。

健康で不自由なく生きているとき、
生きていることに意味を見出すことは、なかなか難しい。
でもあれ以来、私は日々、生きていることの意味と向き合っています。
それは、日本国民のほとんどに生まれた想いなのではないでしょうか。

震災明けの土日は、インターネットとテレビばかりみていた気がします。
情報の洪水のなかに、身をおきました。
そして週明けから自分は、自分たちはどう生きるべきか、考えていました。

14日の月曜日、ジャンプは臨時の経営会議をひらき、この2つの考えを共有しました。

一、できることに全力を尽くす。
二、新たに生まれる世界観に敏感に。

一つ目は、「今」に対する考えです。
義援金を送る、節電をする、どんな状況でも仕事に正面から取り組む・・・
一つ一つは小さなことで、それによって生まれる価値は、微々たるものかもしれない。

ただ大切なのは、
「こんなことは大した役にたたないかもしれない」という過小評価をせずに、
自分がよいと思ったことは明確に意思決定し、迷わず実行すること。
それを全員が積み重ねていくことが、大切なんじゃないかと思いました。

二つ目は、「未来」に対する考え方です。
この震災から、個人は自己の価値観に向き合い、企業は自社の価値観に向き合う。
そしてあらためて問いかけた価値観のもとに新たな意思決定をし、行動を重ねていく。

それは社会のうねりとなり、これまでとは違った空気を生みだし、
新たな世界観が形づくられていく。
自分の内側と外側の変化に敏感であることが、これまで以上に重要だと思いました。

ともに当たり前と言えば当たり前のことですね。
今、多くの方が発信しているメッセージ、抱いている覚悟と、近いものだと思います。

「生きている」ということは、「生かされている」ということ。

自分はどんな使命を背負って生かされているのか、
正直まだ明確な答えは見えていませんが、
それを追求していくことこそに意味があるのではないかと思っています。

よし、今日も一日、精いっぱい生きよう。